食べたいものを好きなだけ
若い頃から食べたいものを好きなだけ食べていたAさん(46)。
カップラーメンや菓子、ジュースが好物で、高校を卒業する時点で身長は165センチ程度にもかかわらず、体重は100キロを超えていたそうです。社会人になってもこうした生活は変わらないまま。運動もしないため、完全な肥満体質になっていました。
当然ながら血糖値も高い状態が続き、20代で糖尿病を発症。血糖値を下げる治療を受けていましたが、仕事が忙しいこともあり、通院しない期間もあったそうです。
そうこうしているうちに、血糖値はみるみる上がっていきました。
私たちの体は、食べ物や飲み物でとった炭水化物や糖質が消化・分解されてできるブドウ糖をエネルギー源にしています。糖尿病は、血糖値を下げるホルモンであるインスリンの働きが不足することで、血液中のブドウ糖の濃度(血糖値)が高い状態が慢性的に続く病気です。
糖尿病を診断する際は、過去1〜2カ月程度の血糖値の状態を評価する値(ヘモグロビンA1c)や、食前と食後の血糖値が指標になります。
日本糖尿病学会では糖尿病の判定基準として、「空腹時の血糖値が110mg/dL未満、食後2時間の血糖値が140mg/dL未満」を正常型としています。
これに対し、Aさんは食後血糖値が900mg/dLを超えたこともあり、状態は深刻でした。おそらく当時の主治医からは「しっかり治療をして、血糖値を下げなければ危険だ」と強く言われていたはずですが、自覚症状がなかったこともあり、「大丈夫だろう」と油断していたようです。
30代で片足の指を切断
しかし、糖尿病を甘く見てはいけません。血糖値が何年間も高いままで放置すると血管にダメージが生じ、失明や腎不全、足の切断といった重い病気につながってしまいます。
実際、Aさんにもやはり恐れていたことが起こります。
糖尿病の合併症である神経障害や血管障害の影響で足の指の組織が壊疽(えそ)を起こし、30代で片足の指を切断。40代で糖尿病網膜症を発症し失明してしまったのです。
網膜症は糖尿病の合併症の1つで、糖尿病を発症してから10年ほど経って出てくる疾患です。
自覚症状のないときから、眼底には異常が発生しており、視界がかすむ、視力が低下するといった症状が表れたときには、すでに失明のリスクが高くなっています。
そのため、糖尿病と診断されたら血糖値のコントロールに加え、定期的に眼底検査を受ける必要がありますが、糖尿病の怖さを軽く考えていたAさんは、眼科に行かないことも多かったようです。
失明してしまったAさんは一人暮らしが難しくなったことから、視覚障害者向けの施設に入居。それまでの仕事についても、続けるのが難しいと判断したため、制度や福祉の支援を受けながら、就労継続支援の事業所で働いた収入で生活しています。
当院の訪問看護を利用するようになったのは、その頃からです。
看護師曰く、それまでAさんは、自己判断で処方された薬の量を減らしたり飲まなかったりしており、主治医も困っていた様子だったとのこと。
しかし週に1回、看護師が訪問するようになってからは、きちんと薬を飲むようになったといいます。その理由を直接本人から聞いてはいませんが、定期的に医療の専門職の目が入ることで「飲まなきゃいけない」という気持ちが芽生えてきたのかもしれません。
とはいえ、いまだにカップラーメンやチョコレートがやめられず、積極的に生活を改善しようする姿勢が見られないAさん。これ以上、健康状態を悪くしないために、少しずつでも意識を変えてもらえたらと、看護師もいろいろと対策を考えているようです。
糖尿病には1型と2型がある
ところで、糖尿病には「1型」と「2型」の2種類があります。
糖尿病全体の約5%が当てはまるとされる1型は、自己免疫疾患などが原因でインスリン分泌細胞が破壊されるものです。先日、糖尿病であることを公表したコージー冨田さんも、「1型である」と話しています。
一方、2型は過食や運動不足などの生活習慣と、遺伝的要因とが重なって発症するもので、Aさんがこれに当てはまります。
一般的に、糖尿病と診断されたら(あるいは健康診断で血糖値が高めと言われたら)、血糖値が上がりにくい生活習慣に変えていくことが大切になります。
糖尿病は前出の通り、インスリンの作用が不足していることが原因で起こりますが、それ以外にも食事内容や運動不足といった日々の過ごし方によって、症状は改善も悪化もするからです(ただし、1型は生活習慣では症状改善は期待できないので、インスリン療法が必要になります)。
そして糖尿病患者さんの多くが苦労するのが、生活習慣の改善です。
大きくは食事療法と運動療法に分かれますが、どちらもすぐには結果(血糖値の低下)に結びつきにくい場合もあり、地道な努力の積み重ねが大切になります。
そのため、途中でしんどくなってしまうのでしょう。「たかが食事や運動で、本当に良くなるのか」と思って、やめてしまう人も正直なところ、多いです。
「生活習慣の改善」を頑張ると…
それでも頑張って、いろいろと工夫しながら生活習慣の改善を続けている患者さんたちから話を聞くと、「最初のうちは『食べたいものが食べられないのがつらい』『量が足りない』と思っていたけれど、次第に慣れてくる」というような話をされます。
そのうちに、「体調がよくなった」「体がラクになった」と言うようになり、早い人では治療を始めて数週間ほどで、「生活習慣を変えてよかった」「体が変わるのが楽しくなってきた」という声が聞かれます。
ある患者さんは、「治療を始めてから、今までいかに体が不健康だったのかがよくわかった」と話していましたし、別の患者さんは「体を動かすとしんどくなるかと思ったけど、逆にラクになるものなんですね」と言っていました。
そこには「やってみたら変わる」という達成感がにじみ出ていました。
「たかが糖尿病」と思って放置すれば悪化する一方ですが、少しずつでもいいから、対策をとっていけば必ず変わってくれるのが人間の体です。生活習慣の改善は、すぐには結果が出なくても、長い目で見れば、将来の健康を維持するための大きな力になります。
最初から完璧に100%の力でやろうとするとつらくなって続かないので、まずはできることを1つずつやり、徐々にできることを増やしていくといいと思います。
薬物療法についていうと、近年は薬の種類が増え、以前より無理なく治療が受けられるようになっています。
これまで副作用として生じていた低血糖を起こしにくい薬や、週に1回の投与ですむインスリン注射薬など、患者さんの負担を軽減させる新薬が次々と出てきています。
薬や生活習慣の改善の効果をみる血糖値の測定も、これまでは指先に細い針を刺して血液を採取して測る方法が一般的でしたが、最近では腕にセンサー付きの装置を付けておくだけで血糖値の変動を把握できる医療機器が普及しています。
定期健診を受けることが大切
糖尿病など生活習慣病を防いだり、早期に発見したりするためには、一にも二にも定期的な健康診断を受けることが大切です。
生活習慣病の多くは糖尿病にしろ、高血圧にしろ、早期には自覚症状がないため、症状が表れたときにはすでに進行していることが少なくありません。だからこそ定期的(年に1回)に健診を受けて、自身の健康状態を確認することが必要です。
そして健診の結果、「要精密検査」「要治療」「要再検査」となったら、必ず医療機関を受診してください。ここで「症状がないから、まだ大丈夫」と放置しないことが、病気の発症や進行を防ぎ、健康を守ることにつながります。
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